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おやゆび姫1話

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 むかし、一人の女の人がいました。その女の人はかわいい子どもをさずかりたいと思っていました。けれども、願(ねが)いはいっこうにかないませんでした。心から強く願っても、かないませんでした。日々をすごすうち、ついにいてもたってもいられなくなって、魔法(まほう)使いのおばあさんのところへ行きました。
 女の人は言いました。「かわいい子どもがほしいのです。どうしてもほしいのですが、どうにもならないのです。どうすれば子どもが出来るのですか。」
 すると、魔法使いのおばあさんは答えます。「ふぉっ、ふぉ。そんなことはたやすいことよ。ごらんあれ、ここに一つぶの大麦がある。これをそんじょそこら の大麦と思いなさんな。畑にまく麦や、ニワトリに食べさせる麦とは別物じゃ。特別な大麦だよ。これをな、植木ばちの中に植えるのじゃ。すると、何かが起こ るはずじゃよ。ふぉっ、ふぉ。」
 それを聞いて女の人は、「その大麦をわたしにください。」とたのみました。
「しかし、これは銀貨十二枚ないとわたせんよ。それでもよいのかな?」と、魔法使いのおばあさんがたずねると、女の人はこくりとうなずきました。おばあさんは大麦を女の人の手の中ににぎらせました。
「ありがとうございます。」と、女の人はお礼を言って、魔法使いのおばあさんに銀貨を十二枚わたしました。
 女の人は家に急いで帰りました。帰るなりさっそく植木ばちを出してきて、中に麦を植えました。女の人はじっと植木ばちを見つめて、何が起こるか待っていました。
「いったいどうなるのかしら。」と女の人が考えていると、おどろいたことに土の中がもぞもぞ動いていました。
 芽(め)が土の中からのびてきたのです。にょき にょきのびて、しだいにはっぱをつけました。まるでチューリップのようでした。それからもどんどん育っていって、あっという間に大きなつぼみをつけまし た。赤色のつぼみでした。しかし、つぼみができると急に静かになりました。ずっとつぼみは閉じられたままでした。
 女の人はその後もじっと見つづけていましたが、なかなか花が咲かないのに気づくと、ため息をつきました。
「それにしても、きれいなお花ね。」と、女の人は言って、赤い花びらにキスをしました。
 花びらはきらきら光っていました。女の人がなんどもなんどもキスをすると、ぱっと花が咲(さ)きました。本当にチューリップが咲いたのです。でもやっぱり、普通のチューリップでした。
 女の人はチューリップを見て首をかしげていると、花の真ん中に人がいることに気がつきました。つやつやした緑色のおしべにかこまれて、とても小さな女の 子がかわいらしく座っていたのです。女の子はおやゆび半分の大きさしかありませんでした。あまりにも小さいので、女の子は『おやゆび姫(ひめ)』と呼ばれることになりました。
 おやゆび姫は女の人にゆりかごをもらいました。きれいにみがかれたクルミのからの上に、スミレの花びらをシーツ、バラの花びらをしきぶとんにしたきれい なゆりかごです。お月さんが出ている間にはそこで寝て、お日さまが出ている間はテーブルの上で遊んでいました。テーブルの上に、女の人が用意してくれたお 皿がありました。水がいっぱい入っていて、お皿のふちをお花の輪(わ)っかでかざってありました。お花のくきは、水にひたしてありました。
 お皿の中では、おやゆび姫は大きなチューリップの花びらがボートがわりです。白鳥の毛で作ったオールを二本使って、花のボートをこいでいました。左右にゆらゆらゆれて、ボートの上から見える景色(けしき)はとてもここちよいものでした。また、こんな小さいおやゆび姫でも得意なことがあります。この世のだれにも負けないくらい上手に、甘くやさしく歌えるのです。
 ある夜のことでした。おやゆび姫がかわいいベッドの上でぐっすりねむっていると、大きなヒキガエルが一ぴき、部屋の中に入ってきました。みにくく、じめじめしたヒキガエルです。われた窓(まど)ガラスのすきまからしのびこんだのです。ヒキガエルはゆかの上をピョンピョンはね、テーブルへ向かって飛び上がりました。着地したところは、ばらのふとんでねていたおやゆび姫のすぐそばでした。
「かわいい子だわさ。息子のおよめさんにちょうどいいだわさ。」と、ヒキガエルは言って、おやゆび姫がねむったままのクルミのからを持ちあげました。そのままヒキガエルは窓から庭に飛び下りて、家からはなれていきました。
 浅い小川の岸に、ぬまになっているところがありました。そこにヒキガエルはむすこといっしょに住んでいました。むすこガエルは母ガエルよりもっとみにくくて、きれいなベッドにねているおやゆび姫を見ても、「ゲーコ、ゲーコ、ゲーコ。」と鳴くだけでした。
 それを聞いた母ガエルは、「大きな声を出さないで、起きてしまうだわさ。」とむすこガエルを注意しました。「起きれば、この子は白鳥のわた毛みたいに軽 いから、うっかりするとふわふわと逃げてしまうんだわさ。小川にハスのはっぱがあっただわさね。その上に乗せるだわさ。軽いし、小さいからあの子にとって は島みたいなものだわさ。逃げられないんだわさ。そうやって動けないようにしておいて、私たちは急いで部屋をこしらえなくちゃだわさ。あんたたち二人が結婚(けっこん)生活を送る、特別な部屋をだわさ。」
 小川の底からたくさんのハスが生えていました。ぶあつい緑のはっぱが水面近くについていたので、水面に浮かんでいるように見えました。いちばん遠いとこ ろにあるはっぱが、いちばん大きいはっぱでした。母ガエルがクルミのからを持ってそこへ泳いでいきました。クルミのからの中でおやゆび姫はまだねむったま までした。
 朝早く、おやゆび姫は目をさまして、自分がどこにいるか気づくと、わんわんとはげしく泣きだしました。家でねていたと思っていたのに、小川に浮いた大きな緑のはっぱの上にいたのですから。どこを見てもまわりは水ばかりで、どうやってここにいるのかわかりませんでした。
 一方、母ガエルはぬま地の中にいました。部屋の中をアシと黄色いスイレンの花でかざるのにてんてこまいでした。新しいむすめとなる女の子のために、部屋 をきれいにしておきたいのです。母ガエルはかざり終えると、みにくいむすこを連れて、はっぱの上に一人でいるかわいそうなおやゆび姫のもとへ泳いでいきま した。おやゆび姫のきれいなベッドを取って来て、新しい花よめに用意された寝室に置くためです。母ガエルは水の上のおやゆび姫におじぎして言いました。 「こいつが私のむすこだわさ。あんたのおむこになるんだわさ。この小川のぬま地で幸せに暮らすんだわさ。」
 「ゲーコ、ゲーコ、ゲーコ。」とだけしか、むすこガエルは言えません。仕方がないので母ガエルはきれいなベッドを持ち上げて、そのまま泳いでいってしま いました。おやゆび姫はまたひとりぼっちになりました。緑のはっぱの上に座ってしくしく泣きました。あのヒキガエルとみにくいむすこガエルのおむこさんと いっしょに住むなんて、考えるだけでがまんなりません。その一部しじゅうをメダカたちが水の中で泳ぎながら聞いていました。メダカたちはおやゆび姫を見て みようと水面に頭を出しました。見たとたん、美しさに心を打たれてしまいました。こんな子がみにくいヒキガエルたちと暮らすなんてあんまりだ、とメダカた ちは思いました。「だめだ。そんなことをさせてなるもんか!」メダカたちははっぱのくきのまわりに集まりました。上には、おやゆび姫が座っています。みん ないっせいに根もとをガリガリかじりました。ずっとガリガリかじり続けていると……ついに、メダカたちはくきをかみ切ったのでした。はっぱはフワッと水面 に落ちて、川を流れていきます。おやゆび姫はどんどん岸から遠ざかっていきました。
 ゆらゆらゆられて、おやゆび姫はいくつもの場所を通りすぎました。林の中にいた小鳥たちはおやゆび姫を見て、「なんてかわいいおじょうさんだ。」と、さえずりました。おやゆび姫は、はっぱに乗ってどんどん流されていき、ついによその国へ来てしまいました。
 そこへきれいなモンシロチョウが一羽現れて、ひらひらひらひらおやゆび姫のまわりをしきりに飛びました。しばらく飛びつづけたあと、はっぱの上にとまり ました。おやゆび姫とモンシロチョウはいっしょに川を流れていきました。もうヒキガエルにつかまる心配はありません。見えるのはいい景色だけでした。おや ゆび姫はだんだん楽しくなってきました。
 水面が日光にてらされて、金色にきらきらかがやいていました。おやゆび姫は腰(こし)のリボンを取り外して、はしをモンシロチョウにぐるぐる巻きつけて、もう一方のはしをはっぱにしっかり結びつけました。はっぱは今までとくらべものにならないほど速く、水面をスーッととはしりだしました。乗っていたおやゆび姫もいっしょに流されていきました。
 やがて、大きなコガネムシが飛んできました。コガネムシはおやゆび姫を見つけるやいなや、前足で細い腰をぐっとつかみ、木の上まで連れていってしまいま した。緑のはっぱはモンシロチョウと小川を下っていきました。モンシロチョウはしっかりと結ばれていたので逃げられなかったのです。
 おやゆび姫はコガネムシにさらわれて、とてもこわかったことでしょう。でも、それよりもあやまりたい気持ちでいっぱいでした。はっぱにきれいなモンシロ チョウをくくりつけてしまったからです。自分でリボンを外せなければ、きっとはらぺこで死んでしまうにちがいありません。コガネムシはそんな気持ちをおか まいなしに、おやゆび姫を木の中でいちばん大きなはっぱの上に乗せました。花のミツを取ってきて、食べさせてくれました。
「かわいいじゃん、かわいいじゃん。コガネムシには見えないけれど、かわいいじゃん。」と、コガネムシは言いました。

青空文庫より

(続く)