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おやゆび姫2話

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 しばらくすると、木にいるコガネムシがみんなやってきました。しかし、いっせいに触角をぴくっと立てて、口々にこう言いました。
「この子、足が二本しかないじゃん! すげぇ変じゃん。」
「触角がないじゃん。」
「身体が細すぎるじゃん。へぇん! 人間みたいじゃん。」
 コガネムシの奥さんは「ふん! この子ブスねぇん。」と、口をそろえて言います。でも、だれがなんと言おうと、おやゆび姫はとてもかわいいのです。おや ゆび姫をさらってきたコガネムシだって、今の今までそう思っていました。なのに、あまりにもみんながみにくいみにくいとはやし立てたので、このコガネムシ までおやゆび姫がみにくいと思ってしまいました。コガネムシはどうしようもなくなって、「おまえなんかどこへでも勝手に行っちゃえばいいじゃん。」と、言 いました。おやゆび姫をつまんで木から飛びおりると、ヒナギクの花の上にちょこんと乗せて帰ってしまいました。おやゆび姫はめそめそ泣いていました。コガ ネムシとお友達になれないほど、自分はみにくいのかと思いました。なみだが止まりませんでした。でも、おやゆび姫はバラの花びらのようにおしとやかでやさ しく、この世の中でいちばん愛らしい人間なのです。
 かわいそうに、おやゆび姫は夏のあいだ、ずっとひとりぼっちでした。広い森の中、ひとりぼっちでした。大きなスカンポの葉の下に、草のくきでベッドをこ しらえて、雨つゆをしのいでいました。おやゆび姫は食べ物のかわりに花のミツをすい、毎朝はっぱから落ちるしずくでのどをうるおしていました。こんな毎日 がすぎていき、夏も秋も終わってしまい、ついに冬がやってきました。長く、寒い冬です。甘くさえずっていた鳥たちもみんな飛びさり、木もかれ、花もしおれ てしまいました。今まで住んでいた大きなクローバーの葉さえも、くるくると丸まって、かさかさにしなびて、黄色くしおれたくきだけしか残りませんでした。 おやゆび姫の服も穴があいてぼろぼろになっていました。寒くて、がたがたとふるえました。なんといっても小さくてかよわいので、あつさや寒さにとてもびん かんなのです。寒くて寒くて、こごえ死にそうでした。ついに雪までも降ってきました。ひらひらとゆっくり降っていました。でも、雪のかけらがひらひら降っ てくるのは、小さなおやゆび姫にとってはシャベル一杯分の雪を頭の上に落とされたと同じなのです。なぜなら私たちには背がそれなりにありますが、おやゆび 姫は背がおやゆびくらいしかないからです。おやゆび姫はかれたはっぱにくるまりましたが、真ん中にひびが入っていてすきまからぬくもりが逃げていきます。 寒さにふるえていました。
 話は変わって、おやゆび姫が住んでいた森のそばに大きな麦畑が広がっていました。麦はとっくにかり取られていました。ただ、かさかさになった麦のきりか ぶだけ、野ざらしになって氷の張った地面に立っていたのです。おやゆび姫は麦のきりかぶの中を歩きました。でも、おやゆび姫にとってはきりかぶも大きな森 です。通っていくのにも、大変な苦労をしなければなりませんでした。歩いている間も、寒くて寒くてどうしようもありません。
 やがて、おやゆび姫は野ネズミの家の玄関(げんかん)を 見つけました。きりかぶの下にある、小さな穴ぐらが野ネズミの家でした。ぽかぽかして、ゆったりとした穴ぐらに野ネズミは住んでいました。穴ぐらには、麦 がいっぱいつまっている部屋と、台所、それときれいな食事部屋がありました。おやゆび姫はやっとのことでたどり着いたドアの前に立ちました。立って、もの ごいの少女のように、「麦を一つぶだけでいいですからくださいませんか。」と頼みました。なぜなら二日間食べ物を一つも口にしていなかったからです。
 野ネズミは穴から顔を出し、おやゆび姫を見ると、「こりゃあ、ふびんなむすめさんじゃ。」と言いました。この野ネズミは人のいいおばあさんネズミでした。「さぁ、ぬくとい部屋にお上がりよ。ごはんをいっしょに食べましょう。」
 野ネズミはおやゆび姫がとつぜん来たにもかかわらず、とても喜びました。そして、こう言いました。
「よかったら、この冬が終わるまでここにいなさいな。大歓迎よ。その間、ただわたしの部屋をきれいにせいりせいとんして、おそうじしてくれるだけでいいん じゃよ。あと、お話をわたしに聞かせてくれんかね。わたしは人の話を聞くのが大好きなんじゃ。」おやゆび姫はおん返しのつもりで、野ネズミからたのまれた ことは何でもこなしました。そしておやゆび姫は、楽しい毎日を送っていったのです。
 ある日、野ネズミは、「近いうちにお客さまがいらっしゃるよ。」と言いました。「ご近所さんがね、週一回ここをたずねてくるんじゃよ。その人、わたしよ りお金持ちでね。大きな部屋がいくつもあってね、つやがあってきれいな黒いコートを着ているんじゃよ。お前さんにあの人みたいなおむこさんがいれば、きっ と何不自由なく暮らせることでしょうねぇ。でも、あの人、目が見えないから、お前さんの知っているとびきりのお話を一つ二つしてやんなさい。」
 とはいっても、おやゆび姫はご近所さんに気なんてありませんでした。というのも、その人はモグラだったからです。でもやっぱり、モグラはつやつやのコー トをめかしこんでやってきました。野ネズミの説明では、モグラは大金持ちでそれに物知りで、家は野ネズミの家の二十倍もあるそうです。
 モグラがお金持ちで物知りなのはまちがいありません。ですけれども、口を開けば、太陽はばかばかしいだの、花なんてかわいくないだの。一度も見たことが ないから、モグラはそう言うのです。おやゆび姫はモグラのたのみで歌をうたいました。「てんとう虫、てんとう虫、家までひとっ飛び。」とか、他にもかわい い歌をいっぱいうたいました。モグラはおやゆび姫にいっぺんに好きになってしまいました。その甘い歌声にやられてしまったのです。でも、モグラはそのこと をだまっていました。しんちょうなのです。
 つい最近、モグラは野ネズミの家とモグラの家をつなぐ通路をほって作っていました。そこでモグラは言いました。

青空文庫より

(続く)